5月4日
朝鮮雜記

○兩班と常漢

我邦に華士族平民の區別ある如く彼の邦にも兩班
と常漢との區別あり、而して萬民同一の權利を有
すると有せさるとの差異は卽ち彼我兩邦の文野を
知る可き一例となすに足る、兩班とは文武兩班と
いふ義にして、乃ち文武官たるべき特權を有する
種族を呼ふ名詞にして、常漢とは讀て字の如く、
義も亦字の如き種族をいふなり、然れば常漢は如
何に才學ありと雖も、文武の高等官たることを得
ず、(當今賄賂の多寡に依りて縣監に任せられたる
ものあり)兩班は科擧を經れば、如何なる高等官
をも買ふを得るは彼の邦の制なり、されば兩斑等
が殆んと先天的に此の如き特權を賦せらるゝにも
拘らず、愚痴蒙昧のもの多きは實に驚くに堪へた
り、彼等地方官に任ぜられて任所に在る者を尋ね
て筆話を試むるに、固陋僻見の韓官卓論の聽くべ
きなきは、深く怪しむに足らずと雖も、其の眞に
漢文をも草し得るものなきに至りては、其無文な
るに驚かざるを得ず、而して却て主簿、吏房等の
小吏に於て却て之を能くするものを見るなり、彼
の邦科擧の制度を有しなから、其擧人の此の如く
無學なるもの多きは、抑も原因なくんばあらさる
なり、乃ち科擧試場は公然たる賄賂徵集所にして、
試驗官は公然たる賄賂徵集人たるを以て、其科擧
に應する人は、才ありとも財なくは及第すること
を得ず、又假令及第するも賄賂を行はざれは官に
任せられざるを以て賄賂は則ち及第者たるの一大
資格にして、苦學硏精、才學の見るべきあるも、
科場に於ては毫も施す所なきなり、財あるものは
唯財を賴み、財なきものは自放自棄して、皆共に 學習せざる故に、學田は日に荒蕪し、政事は月に
弛廢するなり、思はざるも亦甚しと謂ふべし、飜
て怪しむ常漢なるもの、天稟自由の大權を奮ひ、發
憤碎勵して人爲の階級を破壞し、進んて當今邦家
の衰運を挽回するの勇なく、徒に兩斑の指嗾に屈
し額に汗し肢を勞して、獲る所のものは空しく兩
斑の足下に獻し、官家とは爭ふなかれ官家は我等
を捉へ去るなど、子弟に敎示しつゝあるに至ては
常漢の無氣無力なること亦謂ふに忍びざるなり
噫、

論より證據我邦に來る韓客文字なきを以て推す
べし

莫爭於官家、捉我去、是れ入德文の句、

○妓

彼の邦の妓は多く夫を有せず、官妓なるものあ
り、所謂官人の奴隷にして官衙私宅に出入して酒
間の興を助け、淫を賣るものなり、又官妓にあら
ずして其藝を賣り、生活する妓女あり、是等亦我
邦のものと頗る趣に異にす、妓を聘せんとする
の遊客は、自ら妓家へ之き、歌はしめ舞はしめ、
以て興を買ふて歸る、又私宅に招て樂しむものも
あり、其唱ふる所は俚謠或は唐詩にして、抑揚曲
折の調節は、恰も我邦の謠曲の如く、古雅頗る掬
すへきものあり、其用ゐる所の樂器は、簫、橫笛、
縱笛、琴(琴は▣形の桐材に細き眞鍮の針金十三絃
を張り竹を薄く削り極めて彈力あるやうに作りた
るものにて彈くなり琴は巾一尺經六寸許)太皷、
皷等なり、妓の樂を奏する狀は、彼の土佐派の畵
工が丹靑せる宮中奏樂の圖に似たり、されば彼の
三味線に都都逸、三下り等を歌ふて、主客共に我
を忘れて浮れ立つ如きことを得ず、又舞も我邦の
妓の踊る如くならず、恰も太太神樂の幣束舞の如
きものなれば、能舞を見る感あり、亦能く劍舞す
るものあり然れど上野の東照宮の巫子に幣束の代
りに劍を與へて舞はしむるものゝ如く、甚た趣味
に乏し、

藤八、甚九、都都逸、かツぼれ等に優る萬萬

○男色

八道滔滔として到る處に男色の流行せさるなく、
京城の如きは良家の子弟と雖も、美服を着けて市
街を橫行し、公然其臀肉を鬻く、而して恬然羞つ
るの色なし、韓語之を稱して、「ピョーク、チャン サ」といふ、卽ち男色商といふ義なり、特に股肉
を指して「ピョーク、サル」と呼ふか如きは、亦
甚たしといふべし、「サル」とは卽ち肉の義なり