5月9日 ○唯一利
征韓の役、我兵掠奪暴亂、到らざる所なし、八道 ○小白紙旗
門前に小白紙旗を揭くるものあり、曰く痘神を驅 ○驅鬼符
我邦の所謂惡魔除け、火災除け等のもの、彼邦に ○猫と牛
朝鮮にては猫を飼ふもの少し、蓋し猫の繁殖甚た ○洗濯及び擣衣
河畔に出てゝ衣を浣ふには、水に漬けたる衣類を ○渡場
彼の邦內地の河には大槪橋梁を架せるなし、船渡 渡場にて舟子とも、若し他鄕の旅客と見るときは ○塞翁の馬
京畿道安城の兩班曹秉轍は余の知人なり、昨春大 ○地方官
地方官の年期は三年を以て滿期となす、然れとも 地方官の交代するや、我邦の如く事務引繼ぎ等の
朝鮮雜記
をして殆んと燒土に化せしむ、其間唯韓に一利を
與へたるは、稻苗を植代ゆること卽ち揷秧の術を
敎へたること是れなり、彼の邦今猶ほ其法を傳へ
て、萬民其利に賴る、其以前は籾種を直に水田に
播下したるまゝ、秋收の至るを俟ちしとなり、恰
も守株兎を獲んと欲せし痴漢と一般、
るなりと、余爲に鮑貝に佐佐良三八郞宿と書きて
門に揭くべきを敎へ、且つ其由を語る、彼れ大に
喜ぶ、今にして之を思へは、蟹甲將軍の四字を敎
ふるの却て趣味多かりしに若かず、
もあり、其形狀總て我邦のものと異ならず、又門
に虎を畵くは、虎は三災を逐ふの故事に因るとい
ふ、
よからずといふ、因て彼の邦俗一比喩を作りて曰
く、猫の性たるや、狡獪猾智、牛の性たるや從順
勤勞、故に牛は日日屠りて、食用とすれども、八
道に其數を減せず、猫は屋內に養はれて主人の膝
に坐し、日日美食に飽くも子孫の繁榮を見ず、古
語に曰く積善之家有餘慶、積惡之家有餘殃、と
ば平かなる石に上せ、一尺ばかりの棒もて幾度と
なく之を叩き、垢膩を去るなり、斯くすれば素質
を傷め易けれとも垢膩は全く去り、「浣素素逾白、
浣紅紅漸空」の句を想出せしむ、知らず韓女亦此
怨情を催すあるや否、小溪水淸きの處、老嫗、少
婦、衣を浣ふの狀、亦一段の眺めなきにあらず、
斯くて浣ひたる衣を幾領となく山腹に曬らす、其
狀一望炎天雪尙殘るかと疑はしむ、衣ほすてふあ
まのかく山とも眺むべきなり、斯くて乾きたる衣
を携へて家に歸り之を擣く、「お仕舞は一聲高し小
夜きぬた」、「月の出る山を眞向や小夜きぬた」、長
安一片月、萬戶擣衣情、秋の哀を捲きこめて打て
ばや音の身にはしむらん、實に無限の客情を牽く
ものは此擣衣の聲にぞある、
して旅客に便にするさへ甚だ稀なり、されは此橋
も船もなき河に逢ふときは、裸體となりて泳ぎ行
かざるべからず夏時降雨のときなとは、小河の水
も一時に增加し、大井川ならねと旅人は河止めに
逢ふこと屢屢なり、冬に至れは大槪土橋をかくる
か、又は氷結することゆへ旅行し易し、
無法の賃錢を貪りて、往往余等旅行するものをし
て憤怒せしむ、彼等韓人の貪る所は、些少の金錢
敢て惜しむべきにあらざれとも、韓錢の携帶に不
便なる、旅行者は大抵前程を測りて、成るべく餘
分の携帶を避けんとするを以て、旅中は一錢とい
へとも惜まざるを得さることあり、余嘗て尙州洛
東の渡場に到りし時、舟子余を侮りて無法の賃錢
を請求す、余其無法を咎めけるも彼等頑として動
かず、余心大に憤り衣を釋きて頭上に束ね、アワ
ヤ河中に飛ひこみ泳き渡らんず勢を示しけるに、
彼等余の溺れんことを恐れ、周章余をなだめて其
罪を謝し、優待厚遇一錢も取らず船に棹さして對
岸に渡せり、蓋し彼等若し見つゝ溺死せしめは、
其罪を免れ得さりしを以てなり、余元來游泳の術
を知らず、只虛喝以て彼等の膽を奪ふ、頗る笑ふ
べきことなり、
科を經て第一に及第し、朝散大夫に任ぜられ、成
均館出勤を命ぜらる、知人相會して之を慶賀す、
數日にして又命あり曰く、其官を奪て江原道江陵
に配竄すと、其理由書に曰く、汝の叔父曾て朝旨
に違ひ天主敎を奉し、斬に處せられたるの罪人な
り、其醜族の姪を以て敢て科擧の試場に列す、其
罪輕からず、卽ち江陵に配すと、人間萬事、塞翁
の駒の如し、昨日の慶、今日の弔、余復何をか言
はん、唯曹氏淸貧、官を受くるも賄賂を獻じて長
官に媚ぶるの餘資なかりしを憫むのみ、
猶ほ在任せんことを欲するものは、再ひ金を政府
に納めて其官を買ひつゝくるなり、小縣の定價三
千兩卽ち九百圓是れより以上品位に依り、地方得
分の多少に應して高低あり、一萬圓を納むれは觀
察使たるを得るといふ、觀察使は一に道王又は監
司と稱し一道の主宰たり
ことなく、唯其印綬を受取るに過ぎず、