11月3日
●サラミ(八)
天眼生
妬婦俱樂部 (承前)
○妃の舌
去ぬる七月廿三日、閔家一門の榮耀の花は王城に
吹き荒む仇し風に散され、其が葉末の色さへ頓に
失せ去りぬ、げに淵瀨と變はる飛鳥川、昨日の樣
ぞ忍ばれむ、去れど閔家の根と爲り幹と爲れる○
妃の身の上は未だ沙汰されざる也、外戚專權の源
と爲れるこの御方、そも如何なる術有て禍亂の渦
卷を外れ、變動の淵に躍りて、依然玉の臺を磨き
錦の帳に暮らし給ふ乎、女姓には罪なし、泳駿ど
もの不埒を懲らせば足るが故なる乎、將た國王の
御寵愛に限りなく、彼れを逐ふ程ならば我は萬乘
の位をも惜しとせじ、廢されなば諸共に庶人に歸
せむ迚ヒタと附き給ふに因る乎、御家騷動の物の
本を讀み慣れたる我等王城の變を美じく思ふにつ
け、結末めでたしたしの邊り、稍物足らぬ心地し
て合點參らぬ節ぞ多かる、乃ち深く其邊の曲折を
探り、之が原由を糺すに、是れ强ち改革を迫る或
國が蛇の生殺しを好むが爲めならず、實は此御方
の天稟深くもサラミ氣質を體し、朝鮮向きの才智
辯口絶倫なるが爲めにして、國王を▣に▣く魔力
は獨り其色のみならず、其才なりけり、
想ひ起し來れ、閔家時めく頃の政事は何人が扱ひ
たるか、曾て國王の侍妾中娩める者を放逐し尋い
で之を毒殺したる者は何人なりや、泳駿一輩の徒
を爪牙として、一顰一笑滿廷の臣僚を喜憂せしめ
たる者は何人なりしか、金玉均を斬り殺させ、之
が遺骸を寸斷し、手足を八道に梟し、猶慊らずし
て早く朴泳孝の頸血が吸ひたしと念じ、東學黨の
暴擧に急ぎ泳駿をして兵を袁氏に請はしめ、全羅
道の監司に之が巨魁をだまし討ちにせよと內訓を
與へ、又多年國王と大院君との間を阻挌し十餘年
間一回だも父子相歡晤するを得ざらしめたる機關
の綾釣り手は抑何人なりしか、國王は賢明にまし
ませども柔弱の失あり、此失に乘して嚴峻の術を
吹き込み、國王の性之無き所を行ふ者は何人ぞや
漢城の裏若し斯かる黑幕あらば、予は其心術の凄
まじさを畏るゝと同時に、其力量の傑出せる優に
サラミ氣質を代表するを稱せむとす、蓋し威を樹
つる熾ならざれば以て衆を治む可からず、仇を刑
する殘忍深刻ならざれば以て庶民に觀ずに足らず
と謂ふは、寧ろ韓人の治術に庶幾きのみ、
斯かる行爲は亦無感覺にして猜忌深く、殘忍にし
て辯口銳く、探偵讒訴離間陷擠等を常職とする、
韓人本來の面目に符合すれば也、
此黑幕の何人なりやを穿鑿するに際し、予は特に
○妃が從來國王に憚らるゝの異常なりしに驚く也
二三年前の事かとよ、國王は大院君とは父子の間
柄、餘りに疎遠なるは情忍びざりけむ、如何して
か會ひ見むと樣樣に心を碎き給ひたる末、例年一
度東廟に詣で給ふ儀式の當日を幸とし、還御の
途上遽かに駕を大院君の館に枉げさせ給ひ、坐ろ
心も踴りて內に急がせ給へば、豈に圖らむや內に
は早旣に○妃の大院君を訪ひ在る有り、いつの間
に我胸中の祕を偵ひ、いつの間に斯くは先を越せ
しぞと思へば轉た底氣味惡く、且つは現在眼の前
に看守されては詮方なく、終に思ふ心の萬一も打
語らはで、ソコソコに出立て給ひける、嗚呼○妃
の勢力の大なる、智網の密なる、亦偉ならずや、
斯かる地步を占め斯かる驅引に宮廷の中外を弄
びたる○妃は、今大院君の世と爲りて如何の境界
を得しかと云ふに、怪しや無事なり、無事のみか
得意昔に若かざる迄にも、猶大院君の眦▣を打消
しつゝ依然其位を保ち居れり而して其術を問へば
唯一枚の舌の舞はし樣なり、昨日迄斯く讎敵の扱
せし國太公に對して、今日は俄然一轉、孝行嫁御
の態を爲す、其變化の速にして而かも對手の心を
失はざる怪力、天晴れサラミ特有の長技、此一枚
の舌の根に籠もると謂ふべき也、