●井上公使の建策
井上朝鮮公使が一方には大院君の失態を詰責し
一方には韓王に謁して改革の策を勸めし事は去
七日の本紙に揭ぐる『井上伯と大院君』と題する
項中に於て報せしが今其建策の詳報に接したり
(一) 政權は總て一途に出でざるべからず
凡そ一國の君主たるものは政權を統一し凡百の政
令悉く君主の親裁に出づべきは萬國普通の理法に
して若し外に君主と同じく政を左右するものあら
ば命令區區に亘り百官臣僚其歸する所を知るに苦
み忠實に職務を盡すこと能はず諸般の弊害皆之よ
り生ぜん然るに朝鮮國に於ては是迄數名の君主あ
ると同樣の姿あり急速に矯正を要す彼の大院君は
君主にもあらず又臣僚にもあらざれば國政及廷臣
等の進退黜陟に容喙するの理由なきこと炳然たり
總て是等のことは悉く大君主の親裁に出でざるべ
からず又王妃とても同じく國政に干與すべきに非
ず其詳細は大院君及宮內大臣に縷述し置きたれど
御聽の上御確守あらんことを望む
(二) 大君主は政務を親裁するの權あり又法令
を守るの義務あり
前に述ぶる如く大君主は政務を親裁するの權あれ
ども又別に定むる所の法令に基き制定公布したる
法令を遵守し國政は必ず各大臣に諮詢したる上裁
斷し其他官吏の進退黜陟等に關しても亦自己の意
思のみに隨ひ擅に處斷すべからず且つ一たび法令
を出すときは百官人民は固より大君主と雖も叨に
之を犯すべからず
(三) 王室の事務は國政と分離せしむべし
朝鮮國にては從來王室に關する事務と國家の政務
と混淆して區別をなさゞる爲め王室は是れ國家、
國家は是れ王室なりと誤信し隨て人民の生命財産
は王室の一命令の下に與奪せられ宮內官吏の恣に
國政に干與し或は官吏の進退に容喙するの弊害あ
り之を矯正せんには王室の事務は宮內府にて司掌
し國政は總理大臣及各衙門大臣之を行ふこととな
さゝるべからず故に大君主たるものも法令規則に
定めたる規定を離れ猥に國務大臣竝に國務に參與
する重職以外の者をして國政に干涉せしめざるこ
とを謀らざるべからず
(四) 王室の組織を定めざるべからず
王室の鞏固と國家の鞏固とは相待て離るべからず
故に國家の鞏固を圖らんと欲せば亦王室の鞏固な
るを要す依て先づ王室に關する制度及其組織を定
め漸次其基礎を固めざるべからず
(五) 議政府竝各衙門職務權限を定めざる可ら
ず
議政府及各衙門の組織及職務權限を定むる爲め法
令規則を制定するを要す
(六) 租稅は度支衙門をして統一せしめ且つ人
民に課する租稅は一定の率を以てするの外は
何等の名義方法に係らず之を徵收すべからず
從來朝鮮に於て租稅を徵收する公署は宮內を始め
とし其他七八箇處あり是等は各自に收入して各自
に支出せり尙その他に明禮宮及尙春坊等より憑文
と稱する一種特別の命令書を發し徵收を爲すの習
慣ありと云ふ斯くの如くなる故第一王室と國政事
務との費用を混合し第二に財政の一統を欠く今後
は宜しく一切の收支出入を擧げて度支衙門の權限
に屬せしむべし又租稅の外官吏が私に收斂し甚し
きは之を拒むものを監禁處罰する等のことありて
人民をして業に安せしめず故に此弊を絶たん爲一
定の稅則を定め一一之れに據らざるべからず斯の
如くにして始めて富强を望むべし
(七) 王室及各衙門の費用を豫定せざるべから
ず
收入を量りて支出を定むるは國家財政上極めて必
要なり故に每年の歲入を豫定して之に據りて王室
竝に各衙門等の經費を▣定せざるべからず又王室
及政府の官吏は事務の割合に比して過多に失する
ものゝ如くなれば經費節減上宜しく適當の員數を
定め冗員を淘汰せざるべからず
(八) 軍制を定めざるべからず
凡そ兵馬の權は大君主に屬すべきものなるに現今
の如く之を多數の將帥の下に分屬するは頗る不可
なり且つ軍備は國家の基礎を立つるに欠くべから
ざるものなれば少くとも內亂を鎭定するに足るべ
き程の兵力を養ふこと必要なり依て節減し得る丈
の費用を省き歲入の幾部分丈を軍備費に充つるの
計畵をなさゞるべからす偖て軍備の基礎を立てん
には先づ士官を養成するの途を開き兵學の智識及
經驗を有する者を將校に任ずべし然れども歲入を
量らずして徒に軍備を擴張するは適ま以て財政を
紊亂するの效あるのみ宜しく鑑みざるべからず且
つ陸軍の制度すら未だ立たざる今日に於て海軍な
どは素より着手すべからず是は他日陸軍の基礎鞏
固となり歲入に餘裕あるの時に至て徐に計畫する
を善しとす
(九) 百事虛飾を去り誇大の弊を矯めざるべか
らず
朝鮮國の常弊として王室を始め各官署に至る迄百
事誇大を悅び華美自ら得意とするものゝ如し之れ
が爲め冗費頗る多しと聞く是等は速に矯正し且つ
不必要の物品を購求し又は前途維持の方法を攻究
せずして不急の事業を起す等のことあるべからず
王室にても此際宜しく率先萬事に節儉を勤め以て
冗費を除き臣民の模範を示されたし
(十) 刑律を制定せざるべからず
刑法及民法等の法律を制定することは是も學務に
屬すれども民法の制定は頗る大事業にて到底一朝
一夕に爲し得べきものにあらざれば先づ第一着に
舊刑律を改正し他國の刑法を參酌し國情に適した
る刑律を定むべし斯くて後人民を罰するに必ず刑
律に依り刑律以外には假令大君主と雖も濫りに刑
律を行ふべからず又裁判官の獨立は裁判の公平を
保つに最も必要なるもの故に漸次適當の人物を得
るに隨ひ裁判官を行政官より分離し公署を設置す
べし (完)