2月24日
●對韓の方針に關する伊藤首
相の演說(承前)
朝鮮國王が淸國に向つて出兵を請ふ其上に寧ろ請
ふと云ふよりは請はしめて而して東學黨の叛亂を
平げたるを名として以て朝鮮の獨立を滅して以て
彼れが屬國の實を擧げんと欲したる證據は歷歷と
して明にあるであります玆に至て我邦は止むこと
を得ず此干戈を動すといふことは實に國家重大の
ことのみならず又國として輒く動かす可らざるも
のであると本大臣は常に確信を致して居りまする
が之を忍び之を藐視し之を傍觀するに至ては遂に
我邦の利害のみならず榮辱寧ろ國威の消長に關係
するに依つて當初明治九年の條約を結んだ以來の
大方針を貫かざることを得ざるの結果に迫られた
のでありまする去りながら朝鮮國は天下衆人の知
るが如く誠に貧弱なる國である。而して其國必ず
しも富源を欠いで居るとは見ぬ然るに之れを開發
する所の手段方法が少しも成立つて居らぬ其國民
もまた無爲に安じ姑息に安んじ因循に安じて只一
年安穩に暮して居るに過ぎない上下擧て偸安の世
の中であるは今日世の中の形勢を少しも知らぬか
ら起るのであらうと存じまするが如斯ものをして
獨立せしめんとする必要は獨り朝鮮の爲めのみな
らず此一葦水を隔てた所の我帝國に於ては大なる
關係を持つことでありまするが故に此獨立を扶持
すると云ふことは誠に帝國の國を建てゝ行く以上
に於ても誠に緊切なる關係を有することゝ確信し
てあります故に朝鮮の改革を行はしむることにて
も則ち支那と相提携をして其獨立を扶持せしめた
いと云ふ意でありましたが前申す通り支那政府と
の意向は相投合しませぬ所より我政府は獨任で此
等責任を取つたのである而して他國の干涉如何と
云ふに至ては苟も孤弱を憫み人の獨立を扶持する
に於て否を容るゝ國がある道理がないと確信して
居ります此の實を擧げるに於ては頗る至難なこと
と見えまする去りながら之を爲さずに抛つ譯には
▣らぬ唯今も申す通り僅かに三百萬圓位の金を貨
して扶持しなければならぬことが先づ目前に迫つ
て居るが而して其改革は何故のことであるかと云
ふを見れば啻に京城の役人が入り替つたとか東學
黨か平いだと云ふて決して是れで一國が興起せら
るゝものではなからうと存じます依ては此の朝鮮
の叛亂が平定すると共に各地の政治が擧つて來な
ければなるまい又或は運輸等の利便に依て以て國
民富源を開發するの利便も興つて來なければなる
まい亦多數の兵力を養ふことは出來なかうが寧ろ
一國の治安を保つに足るだけのものは備へなけれ
ばなるまい是等のものを着着步を進めて行かしむ
るに就ては先づ彼れの財源は如何であるか是等の
ものを充分調べて見なければなるまい固より朝鮮
の獨立と云ふ辭の下には朝鮮人をして爲さしむる
か主眼であるが之れを爲さしむるには扶けを要す
ると云ふことは必要であらう自から玆には主客の
別ありと云ふことは又論を俟たぬことと存じます又改
革の細目に至ては未だ一言せざる所のものもあら
うし今日旣に一定して居る所のものもあるであり
ませうが是等のことは特に條擧するの必要もなから
うと存じます決して此方針を我政府に於ては取違
へては居らぬ又取違ふ可らず取違へ能はざるの理
由なりと信じて居りまする大要先づ此等のことで宜
しう御座りますか如何でこざいますか (完)