6月19日
日本兵容易に撤去す
可らず

牙山に上陸したる支那兵は同處に屯在して動かざりし
が近報に據れば公州の方面に向て出發したるよし思ふ
に東學黨鎭壓の爲めなる可し又一報に李鴻章は日本の
出兵を聞て更に多數の兵を增發せんとて目下準備中な
りと云ふ彼が最初の目的は單に內亂鎭壓の爲めにして
亂平げば直に引揚ぐ可しと公言したるよしなれども其
後日本の出兵に驚て遽に增兵の準備に着手したりと云
へば或は目的を變じたるやも知る可らず其邊は他人の
與り知らざることゝして扨日本兵の進退は今後如何す
可きや我出兵は人民保護の爲めにして他に挾む所ある
に非ざれば彼の內亂いよいよ鎭定に至れば直樣引揚ぐ ること至當の順序なるが如くなれども我輩は容易に其引
揚を欲せざるものなり彼國の現狀を見れば假令ひ今回
の騷動は他國の助力を得て一時、鎭定するも其再發は
計る可らずして危險の虞あるのみか我輩が前號に論じ
たる如く我國人が今度の機會を利し朝鮮人を誘導提撕
して其國に於ける文明事業の推進を謀るの方針に決し
電信の架設、鐵道の敷設を始めとして郵便なり警察な
り財政なり兵制なり一般の組織を改良し與に文明開化
の事を共にして世界の表面に獨立國の體面を全ふせし
めんとするには非常の大事業にして日本の費用と勞力
とを要すること莫大なるは申す迄もなく苟も朝鮮の如
き守舊一偏の國に於て文明事業の發起、百般制度の改
良とあれば之に對して種種の妨害の起るは自然の勢に
して其趣は我國維新革命の後、廢藩置縣、地租改正、
徵兵令發布等の大改革に人民の反對を免れずして時と
しては兵力を要するにも至りし場合に異ならず日本の
政府には充分の實力を備へたるが故に其反對にも拘は
らずして目的を達したれども今の朝鮮政府は甚だ薄弱
にして假令ひ自から志を決するも諸種の妨害を排斥し
て之を斷行するの力に乏しきことならん卽ち日本人
が種種に親切を盡して改良の事を助成せんとするも力
を假して其實行を助くるに非ざれば俗に云ふ佛を造り
ながら魂を入れざるものと一般にして何の效能もな
きのみか改良の新事業は何れも日本人の費用と勞力を
要するものにして卽ち我國人は之が金主たる次第なれ
ども彼政府に保護の實力なくして如何なる危險も計る
可らずとあれば其事業に金を投ずるものはある可らず
日本の兵を彼地に駐在せしむるは單に人民保護の爲め
のみに非ず朝鮮の文明進步の爲めに必要の處置なりと
知る可し或は假りに一步を退き若しも日本政府の方針
こゝに出でずして朝鮮の有樣は從前の儘に一任し相變
らず無關係の地位に立たんとすることもありとせんか
我輩は尙ほ駐兵の必要を認むるものなり明治十八年以
來、天津條約の結果に據り京城の兵を撤したる爲めに
日本人は如何なる不利を蒙りたるやと云ふに例へば彼
の防穀事件の如き幾年の久しきに涉りて容易に決せず
我政府は止むを得ず最後の決心を示して始めて事の落
着を見たる次第なれども若しも我兵にして駐在したら
んには最初より斯る面倒はなくして直に結末を告げた
ることならん又今回の事件とても多數の軍艦兵隊を瞬
時の間に出張せしめたる其費用と手數とは容易のもの
に非ず是れ亦彼地に保護兵の居らざりし爲めにして彼
國の現狀を見ればいつ何時、如何なる事變あるも計る
可らず其度ごとに軍艦兵隊を往復せしむるは容易なら
ざる次第のみか或は時宜に據りて事の間に合はざるが 如きこともあらば如何す可きや左れば今回の內亂は
假令ひ鎭定するも朝鮮政府の實力を以て今後永久、無
事安全を保證するに足るの事實を確めたる上に非ざれ
ば我兵は決して引揚ぐ可らず或は支那政府よりも天津
條約の明文に從ひ同時に兵を撤す可しなど要求もあら
んかなれども事實不安心とあれば自家の危險を冒して
他と進退を共にするの義務はある可らず如何樣にも之
を謝絶していよいよ聽かざるに於ては或は彼の條約を
廢棄するも可なり京城の保護兵容易に撤去す可らざる
なり