4月9日
●東學黨情
探檢記(黃海道)
此探檢記は黃海道東學黨の內情、東學黨亂の關
聯せる地方官腐敗の狀況を探らんが爲め特に
派遣されたる某氏が精細深刻なる觀察を遂げて
三月十三日漁隱洞より郵に附し在京城我社通信
員靑山好惠に送り來れる私報に係る、奇談珍聞
頗る多し
其一 東學黨
黃海道の東學黨と南三道の東學黨とは全く其組織
を異にし相互連絡して蜂起せしものに非ず自ら一
▣別派のものにして又貴顯等の內旨を受けたるが
如きこともなきは捕縛したる接主等の口供に依るも
明かなり蓋し其蜂起の原因は全く地方官の收稅不
公平なると近來頻に苛稅を徵求せらるゝに由れる
ものにして而して此不平心は一朝一夕に激昂した
るものに非ず積年の恨を重ね今日の勢ひを現出し
たるものにして去春來南三道の東匪大に暴發し
延て日淸韓の大事起り朝鮮の國事日に多端なるに
乘じ一二有力なる不平の惡徒先づ起り種種の甘言
を以て愚民を煽動し終に黨を結んで良民を侵害し
甚だしきは府縣廳を襲ふて兵器糧米を奪掠するに
至りしものなるが如し
然れども我兵站を侵害せんとするの擧動は甚だ少
なく偶偶對抗するものは多くは我兵站が彼の運動
を妨遏するを怨み或は我兵に包圍せられて逃遁に
道なく窮鼠猫を嚙むの勢ひを爲す等にして眞に攘
倭主義を抱きて我兵と雌雄を爭はんとするの企圖
あるものには非るが如し旣に昨冬來屢屢差遣され
たる討伐隊の報告に依るも東徒日兵の至るを見れ
ば其多寡を論ぜず早く已に逃走退散の謀を爲し
或は號砲を發し或は烽燧を設けて遠近に號報し我
兵到れば已に去て隻影だも見ざること殆ど常なり現
に此頃長連縣の南方約一里道洞に東匪七八十名鎗
銃を携へ靑或は赤の旗數旒を押立て大道を橫切ら
んとするとき我野戰郵便の護衛兵三名之に遭遇せ
しに抵抗の色なきのみならず故らに道を避けて遠
く他村に遁れたりと其後道洞附近に徘徊し居るの
情報を得ること屢屢なりしも更に我兵站衛兵に抵抗
せず約言すれば東匪我兵を見れば先づ遁走を圖る
なり然れども前陳の如く偶偶窮鼠となりて猫を嚙
むことあり卽ち一月二十日松禾の役是れなり或は又
日本人の獨行者若くは軍兵に非る旅行者を見る時
は一に財物を奪掠するの目的を以て暴行に及ぶこと
あり又彼が企圖する運動を妨げらるゝの恨を酬ん
が爲めと强奪の目的とを以て兵備微力なる我兵站
支部を襲ふことあり卽ち去三日凰山の戰是れなり
此時は東匪卽死三我兵無事、此の如きの景況なる
を以て敢て恐るゝに足らずと雖も固より油斷すべ
きに非ず漁隱洞に於る兵站司令官熊谷中佐は頻に
一日も遠かに之を討滅し盡し兵站の安全と獨步旅
行に危害なきに至らしめんことに力を盡し居らる
曾て海州に至り暴行せし東學接主吳善養は長淵に
於て我討伐隊の手に捕縛し二月三日銃殺せりと又
目下當地に拘留中の東徒に金俊摸といふ領將は
此奴中中の惡徒にして本人の口供に依るも隨分惡
行を働きしものと見ゆ然れども雲邊よりの內旨の
事の如きは如何に審問を試むるも更に其口氣だに
無し全くの不平黨と强盜の混體のみ故に此者は殷
栗縣監の歸還を待て交付處分せしめらるべき者な
らんと思はる
長連及殷栗邊の風說によれば安岳載寗地方の東
匪文化に集中し爲す所あらんとするものゝ如しと
然るに松禾縣監某召募使を命ぜられ目下民兵を編
制して討伐準備中なりと聞けり
其二 地方官
地方官の過半は優柔不斷にして國家の觀念なく利
己心に富み不活潑極まりて時事に暗く恃む處更に
無し
黃海道各地の地方官にして我兵站司令官に向ひ一
として東徒鎭壓の事に付協議し來るものなく情報
せしもの一人もなく任官退職を報じ來るもの一
人もなく我兵の盡力にて危急を免れたる縣邑あれ
ども亦一人として來つて謝辭を述べたるものなく
動もすれば針小棒大の電報を竝べて出兵を請ひ來
るものあるのみ
謀略を盡し死力を以て君國の爲めに東匪を鎭壓せ
ん抔思ふ者は一人も無く只其身と財産の安全なら
んことを希ふのみ故に東匪を恐るゝこと鬼神の如く却
て首領等に支配され居るもの多し我討伐隊將校の
報告によれば府使縣監の輩にして東匪の首領と交
涉のことあるときは首領先づ府使縣監を都所に招
致して談判を開くこと其常なり是れ他なし枉げて首
領の言に從はざるときは他日害其身に及ばんを怖
れてなりと、去日甕津近傍に於て多數の東徒中山
中尉に情を通じて降服せんとせしことあり是に於て
中尉は各府縣使監に照會して巨魁を捕獲せんことを
謀りたるに一人として應ずるものなし之を責むれ
ば人民等後害を恐れ捕獲に從事するものなしと答
へたる由、二月三日山中少尉長淵に入り接主吳善
養を捕獲銃殺し兵器彈藥を燒棄し一旦引揚げんと
するに際し府使尹享大切に我等の駐屯を乞ふて止
まず少尉懇諭して請を容れず翌朝旅裝を整へ出發
せんとするに當り尹府使以下屬吏十數名隊前に來
り冠帽を脫して跪坐し額を地にして泣て曰く仰ぎ
願くは民兵到るの間止りて吾吾の生命を助け玉へ
と少尉惻隱の情に忍びず一部隊を駐めて歸れり松
禾に至りし時は縣監狼狽▣▣して言語曖昧疑點多
かりしと云ふ其一を擧ぐれば捕獲米二百叺▣あ
りしを以て之を縣廳に引渡さんとするも敢て受け
ず其情を糺せば若し捕獲米を收領せしこと東徒の
耳に入るあらば害忽ち此身に及ぶを以てなりと依
つて捕獲米を當日の食料に充てんと欲し之が炊事
を依賴したるに亦肯んぜず乃ち漸くにして他より
徵發し來りしといふ地方官東徒に慴服せる此の如
し (未完)