2月6日
三道統制使我軍艦を款待す 筑波艦の南海岸を
巡航して統營に至るや同地駐在の三道統制使洪南
周氏は水營將校數名を從へ我艦に來り東徒征伐援
助の功勞を厚謝し且日本海陸軍の連戰連勝を敬祝
せんとて數種の朝鮮料理を携へ來りし由を告げた
るにぞ黑岡艦長は其厚意を謝し自ら案內して艦內
を縱覽せしめ夫より甲板上に宴席を設け洪統制使
以下を誘ひ黑岡艦長は一場の演說をなせりと其大
意は我日本は將來益朝鮮との交情を深くし東洋
の平和を保持せざる可からずと云ふに在り洪氏は
之に對する答辭を述べ畢りて杯盤の中に歡話笑談
して散會せりと聞く
東徒征伐軍の新消息 當港より東徒討伐として
曩に出發せし鈴木大尉の一隊は其後殘賊を追ひ▣
漸進みて實
十三日波音驛を經て同地に向へる途上二十名餘の
韓人我軍の前面に出で迎へんとするものゝ如し然
れども其擧動何となく訝しきを以て油斷せず間近
に接するや直ちに彼等を圍繞して捕へ糺問する所
ありしに果して渠は東徒の群なること判明しけれ
ば其中の巨魁を刑に處し他は拘囚し進んで長興に
入れり然るに賊徒は旣に逸走して同所にあらず依
て四方に偵察を放ち搜索をなし殘賊の尙長興附近
に散在蟄伏し居るを聞き兵を分遣して追捕せしめ
處處に捕獲する所ありしも大槪附加雷同せし無智
の小民なるを以て懇篤に說諭して將來を戒しめ解
放せりと一時猖獗なりし東徒も頃日に至りては其
首領株の斃されし爲四散五裂して殆んど其影を留
めざる有樣となりしを以て大尉の一隊は不日當港
に歸陣すべしとの報ありたり又去十九日在洛東知
友よりの報に本月十日前後には同地附近にも東徒
暴行せんとする模樣ありしを以て兵站部守備兵は
軍路測量守備兵と合して長興の西部に在る賊徒を
破擊し牛馬五十餘頭及び其他例の錏鎗刀銃の類數
多を分捕せり云云とあり