○朝鮮の危機
▣▣▣▣▣▣▣▣▣▣▣ば些些たる盜賊の蜂起のみ暴徒の一
揆のみ敢て事事しく言ふに足らざるなり然れども重く之を見
るときは實に東亞の交涉事件なり鷄林八道のみのことにあら
ざるなり抑も朝鮮の國たるや南方尤も開け民口の稠密より物
産の豐富に至まで固より北方の及ぶところに非るなり而して
今回擾亂の主動者たる東學黨なるものは實に南方豐富沃饒の
地たる殊に人智上進の點に於ても亦た地方に冠たるの全羅忠
淸の二道より起りたるものなりとせば朝鮮政府にとりては之
を一揆暴徒と見なして決して輕輕看過すること能はざるなり
而して彼等東學黨の最後の決心とするところは果して那邊に
存するやは知らざれども今日までの彼等が擧措よりして見る
ときは敢て北上して王都たる京城に迫まるをいさぎよしとせ
ざるものゝ如く且つ王師と見るときは避けて之れに抗せざる
が如き擧動あるは未だ時の不可なるに因りて暫く猶豫するも
のなるが或は他に原因ありて然るか此等に對しては今こと
ことしく之を硏究するの必要なしとするも兎に角彼等が斥倭
斥洋の旗を押し建て內は政治の積弊を改良せんことを期す云
云との楊言は幾分か國家的の精神を借りて其名目を大にした
るの跡ありと雖も其內實に至りては大に然らざるものありて
存するを信ずるなり實に彼等は重斂苛誅暴虐至らざるなき吏
權の壓制に反抗して尉然勃起したるところのものにして所謂
國民的大同盟軍を形造りたるものにあらざるなきを得んや凡
そ專制國の慣習として上より下に對しては嚴密なる制裁力を
握りて之を壓伏することを得るも下民より長上に對しては何
等制裁の以て權力を限るなければ止を得ず此間に於る民心の
不平は暴發して一揆となり▣んで革命の軍と化するに至るは
▣…▣
今や眼睛を放つて朝鮮國內部の有樣を觀察するときはまた言
ふに忍びざるものあり姑息偸安は此國滿朝の政策官紀紊亂は
此國腐敗の根原となり政權は擧て之を一二權門の翫弄に供し
官官宮妾の徒姿に威禍を張り下には暴官汚吏の地方官あり貪
斂あくことをしらず嗚呼上下交交利を征して國危しの語は坐
ろに韓國のため寒心するに堪へたるものあり東學黨の奮然と
して蹶起し情實打破を陣頭に飜し此等醉夢昏昏たるの朝廷に
向て一大打擊を加へ君側の姦邪を一掃して以て妖雲怪霧を拂
はんと庶幾するに至りては眞に彼等の衷情幾▣苦心の決果鬱
勃たる千丈の氣焰は大波鯨濤を捲て▣き來るの時あるを信ず
るなり嗚呼八道一千萬の人民中豈一人の多血性を有する英雄
男子なかんや
東學黨は非常の勢力を以て進行せり彼等は殆んど八道の草木
を風靡せり彼等の首領は崔某と稱し鄭某と呼ふと雖も其實は
破壤的大同團結なり黨衆の意見は能く實行に顯はるゝなり烏
合の弱卒として輕侮すべからざるものは實に輿論の疑結した
る團塊なりとす
官兵は連戰連敗追討使は生死を分たず第二の援軍は兩軍の未
だ境に臨まざるに早く旣に軍氣沮喪し或は益山に或は臨破に
敗報踵を繼て至り東軍は大擧して北上の途に上りたりとの報
道はさしも權威飛鳥をも落すの閔族一門の徒をして如何に落
膽狼狽せしめしよ彼等は何れも色を失ひて爲すところを知ら
す遂に外兵借入の議となり援を淸國に請ふに至りたりといふ
吾人は締盟列國中獨り淸國に向て救を求むるに至りたるを見
て其眞意の那邊に存するやを大に疑はざるを得ず抑も通交の
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然るか兎に角堂堂たる獨立の旌旗を飜したる政府にして區區
內亂を鎭定すること能はず援を外邦に求むるに至りては國辱
之れより大なるはなし然れとも家あるを知りて國あるを知ら
ず自己あるを知りて君あるを思はざる韓廷の百司此の▣に出
しもの又怪むに足らざるなり
朝鮮の國たる西北は魯淸と境を接し東方一▣帶水以て我日本
と對す魯の意實に朝鮮にあり淸國亦た常に掩有の意を忘れず
朝鮮亡びんか淸國寒し朝鮮淸に屬せんか英の喜ぶところにし
て英は實に魯の仇なる我國亦た朝鮮と唇齒の關係あるもの鷄
林の野焉ぞ他人の▣聲を容るゝ可ならんや之れ實に東洋のパ
ルガン半島たる所以にして一小弱國たりと雖も天下の耳目之
に傾注し其の成敗如何に注意するまた宜なりとす
漢の賈誼云へることあり今の時は人の薪を抱て火に入るが如
しと韓國の形勢また大に之に類するものあり韓國たるもの一
時姑息主義の政略を行ふも豈能く保つことを得んや五百年の
星霜を經過し全く亡國の境遇に進み入りつつある李氏の天下
たる岌岌乎として夫れ危ふからずや